シリアル・ノミネーションとしての「北海道・北東北の縄文遺跡群」
5月26日、北海道・青森県・岩手県・秋田県が共同で推薦している「北海道・北東北の縄文遺跡群」(以下「縄文遺跡群」)が、世界遺産リストへの記載が適当であると世界遺産委員会の諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS)から日本政府に伝えられました。7月に開催予定の第44回世界遺産委員会で承認されれば、北海道は知床と合わせて二つの世界遺産に関わることになります。
縄文遺跡群は、「群」ということばが示すように、17の構成資産から成る一つの世界遺産です。このように複数の資産から一つの遺産を構成する方式は「シリアル・ノミネーション」と呼ばれています。シリアル・ノミネーションとしての世界遺産は日本でも珍しいものではありません。県を跨いだものとしては「明治日本の産業革命遺産」や「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産リストに記載されているほか、国立西洋美術館をその構成資産に含む「ル・コルビュジエの建築作品」は7カ国に跨る一つの世界遺産です。
実は、シリアル・ノミネーションの考え方に基づくならば、遺産を構成している各資産がそれぞれ単体で世界遺産としての価値、すなわち「顕著な普遍的価値」(outstanding universal value:OUV)を有しているとは考えません。もちろん各資産はそれぞれに固有の価値を有しています。しかしそれとは別に、シリアル・ノミネーションとしての遺産のOUVは、各資産が一体となることではじめて表現されると考えられます。縄文遺跡群の場合、「約15,000年前に遡る農耕以前における定住生活の在り方及び先史時代の複雑な精神文化」がOUVに該当します。したがってどの遺跡が世界遺産の構成資産となっているのか、あるいは構成資産に過不足はないかという問題は、世界遺産のOUVが担保されているかという問題と密接に関わっており、世界遺産推薦時における一つのポイントになっています。また、リスト記載後の管理においても、資産それぞれの保護管理に加え、各資産が集まることによって構成される遺産のOUVを効果的に守っていくことが求められます。このように、シリアル・ノミネーションに基づく世界遺産の管理は、単体での世界遺産のそれと比較するとかなり複雑なものであると言えるでしょう。
なお、世界自然遺産である知床はその豊かな自然が有名ですが、遺産地域内や遺産周辺地域にも遺跡が数多く点在しています(【シレトコってどんなトコ】第7回:知床の遺跡)。アクセスが困難な場所に位置している遺跡も少なくないですが、世界遺産とはまた違った知床の一面にも関心を持っていただければと思います。
(事務局・船木)
参考
・縄文遺跡群世界遺産登録推進事務局,「北海道・北東北の縄文遺跡群ホームページ」
https://jomon-japan.jp,2021.6.10最終閲覧.
・文化庁,「イコモスの評価結果及び概要」https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/92021052603.pdf,2021.6.10最終閲覧.
・鈴木地平, 2017,「世界遺産の『新しい類型』——地域や類型の不均衡の解消を目指して」西村幸夫・本中眞『世界文化遺産の思想』東京大学出版会:112-122.