知床・世界遺産登録から10年
2016/10/03
10年前の今日、2005年7月17日に南アフリカ共和国のダーバンで開かれた世界遺産委員会で、知床の世界遺産登録が決まりました。我が国では3番目に登録された世界自然遺産です。
登録に至る道は決して平坦ではありませんでした。審査機関であるIUCN(国際自然保護連合)による現地調査の後、保護強化や海域拡大を求める書簡が日本政府に送られ、登録にあたっては5項目の勧告が付帯しました。
それは、サケ科魚類の移動をを妨げている河川工作物の改善や、海洋資源保全のための海域管理計画の策定、増加したエゾシカ対策などでした。2008年2月にはユネスコ世界遺産センターとIUCN合同の調査団が来日し、勧告の履行状況について現地調査が行われました。これらの課題に取り組んだのが、登録の前年に発足した科学委員会です。知床世界自然遺産地域科学委員会とそのワーキンググループには、我が国の第一線で活躍している野生生物の研究者が揃い、蓄積された研究成果をもとに具体的対応策が検討され、実施されて行きました。
海と陸のエネルギー循環に重要な役割を果たしているサケ科魚類。改善が必要な河川工作物が洗い出され、これまでに13基のダムが改善されました。
知床の沿岸域は我が国有数の漁場です。世界遺産エリアは沖合3kmまでの海域を含みますが、そこではサケの定置網漁や冬のスケトウダラ漁が行われています。多様な海洋生物の保全と漁業の両立を実現する、知床海域の多利用型管理計画が、2007年に策定されました。
増えすぎて森林や草原の植生に大きな影響を与えていたエゾシカの個体数調整も進められ、知床岬では植生の回復が見られるなど、その効果が現れています。
観光利用が環境に与える影響を低減し、良質な自然体験と環境保全とを両立させるための「知床エコツーリズム戦略」も策定されました。
これらの取り組みは、世界遺産センターの現地調査でも高く評価されています。科学委員会が常設され、専門家と各行政機関、地元関係団体が横に連携する保全体制も、我が国では先進的で今後のモデルになるものでした。現場の実行体制として知床財団の役割が大きく評価されています。斜里町が設立した知床財団は、2006年に羅臼町が共同設立者として参画し、世界遺産エリアを両町共同で一元的に管理する体制ができました。知床財団では世界遺産エリアのみならず両町全域のヒグマ管理も担っています。
ヒグマと人との共存は大きなテーマです。知床五湖では、静寂な環境で安全に自然を楽しむためのルールが定められました。住民の居住エリアや農漁業地帯でも、ヒグマの出没に知床財団のスタッフが対応し、トラブル防止策が常にとられています。
ヒグマに限らず、野生動物と人との関係は常に流動的で変化しています。人と野生動物との間に起こる問題は、その状況を的確に見極め、有効な対策をとりながら問題解決にあたることが重要です。現在、日本各地で野生動物と人間との軋轢が頻発しています。その問題に対処できる専門家が全国に配置されることが求められています。
その専門家を知床で養成しようというのが知床自然大学院大学の構想です。
世界遺産になった知床では、科学委員会を中心とした先進的な保護管理策がとられてきました。その以前から知床では様々な保護問題が持ち上がり、調査研究の蓄積や研究者のネットワークが築かれてきました。知床百平方メートル運動に代表される、地元と全国の人たちが連携した保護活動の実績もあります。知床には多様な自然資源があるだけでなく、共存策を担ってきた人的資源やノウハウの蓄積があるのです。これらの資源を活用し、保護管理の「現場」で高度の専門家養成を行う教育機関、それが知床自然大学院大学です。
この構想の実現には多くの皆さんの協力と支援が必要です。よろしくお願いいたします。(中川元)