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【シレトコってどんなトコ】第7回:知床の遺跡

【シレトコってどんなトコ】では、知床の特徴や地域資源などの情報を地元目線でお伝えしています。第7回は、知床の遺跡についてご紹介します。

知床といえば、原生の自然やヒグマなどの野生生物がまず連想されると思いますが、実は古代から人々が生活を営んできた場所。その証拠に、知床半島では縄文時代早期以降の遺跡が多く見つかっています。

写真は知床岬の台地です。冬は風が強いので吹きさらしになり、ぽこぽこと丸い穴にだけ雪が残る不思議な光景となっています。この穴が竪穴住居跡であり、ここに人が暮らしていたことがはっきりとわかりますね。

知床半島基部の越川地区では、縄文時代よりさらに古い旧石器時代の石器が発掘されています。知床半島西部の斜里町は、実は確認された遺跡数が北海道内で3番目に多い自治体でもあるのです。

そんな斜里町で最近注目されているのが、チャシコツ岬上遺跡です。ウトロの街の入り口にあり、海に突き出す形でそびえるチャシコツ岬は、その姿から地元では「カメ岩」と呼ばれて親しまれています。

ここはオホーツク文化期の集落跡で、平成25年から知床博物館(斜里町教育委員会)が発掘調査を進めています。オホーツク文化とは、5~10世紀頃にかけて、サハリン南部から北海道・南千島のオホーツク海沿岸部に展開した海洋狩猟民族の文化です。よく「忽然と消えた北方民族」などと言われますが、いまだ謎が多い文化です。この発掘では特に、文化の終わり頃の人々の暮らしぶりが少しずつ明らかになってきました。

チャシコツ岬上遺跡で発掘調査中の竪穴住居跡(2016年9月)

土器や石器、クマや海獣の骨、魚の骨などが多数発掘される中、昨年9月には、9世紀ごろの地層から、奈良時代に鋳造された銅銭「神功開宝(じんぐうかいほう)」が見つかりました。国内最北の発見で大きな話題になり、オホーツク文化の集団と律令国家の間に何らかの交流があった可能性を示すこととなりました。

調査担当の専門家はもちろん、地元の発掘作業員らが、知床がどんな土地で、どんな人たちが、どんな生活をしていたのかを明らかにする作業を進めています。ぜひ自然とともに、知床の歴史にも注目してみてください。

参考:知床博物館News Letter タンネウシ(2017年2月号)

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